そういえば

横浜→仙台へ移住したばかり。

美しさ

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5、6年前、NHKで「バレエの饗宴」をたまたま見て、Noismというカンパニーに衝撃を受けた。
人間の体の美しさ、たしかに美しいけれど、そんな陳腐な言葉ではダメで、意味のない言葉を叫び出したくなるような、ただただ眼を見開いて口をあけて突っ立っているような、呆然とした気持ちにさせられる作品だった。
noism.jp

それから首都圏で公演のある時は見に行くようになった。

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見ているあいだ、何度も何度も田村隆一の「黄金幻想」という詩の一文が頭をよぎった。

美しいものは必ず人間を殺す それが彼の口癖だった

そうだろうなと思った。運命を「仕方ない」と受け入れるしかないような美しさ。


放送関連のコンクールでこの1年間に最優秀などに輝いた民放とNHKの6作品を放送する「ベストテレビ2021」という特集があり、その中で新潟放送制作の「芸術の価値 舞踊家金森穣16年の闘い」(第75回文化庁芸術祭賞テレビ・ドキュメンタリー部門大賞)が放送されるというので録画して見た。


Noismは新潟市民芸術文化会館を拠点に活動する、日本初の公共劇場専属舞踊団で、新潟市の税金が投入されている。
そのため、税金投入の是非が問われ、存続が危ぶまれもする。

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2019年夏、創立15周年記念公演を目黒で見た。
その作品について、ドキュメンタリーの中で金森穣が言っていた。

皆で共に祈るように同じ踊りをひたすら続ける。そのことによる精神的な世界みたいなものを、この15年新潟という街でやってきた我々の集団活動の信念として観客の皆さんと共有できればなと思った。

作品タイトルの「Fratres」とはラテン語で「親族・兄弟・同士」とのこと。


そんな想いがこめられていたことを全く知らずに見ていた。チラシの中に「Noizmの存続危機について」の声明などもあったと思う。
でも私は何も考えないまま、口をあけてぽかんと舞台の上を見ていたのだ。
バレエもダンスもやったことのない私が「これはすごいんじゃないか」と居住まいを正すほどに並外れてすごいことをしているダンサーたちの年収は250万円ほどだと言う。


この国では文化も芸術も研究も、なかなかお金がもらえないから優秀な人材が外に出ていく、という話を昨今よく聞く。
それは国が貧しくなってきたせいだろうか。それとも、今となっては「束の間の夢」だった高度経済成長期やバブル期でさえそうだったんだろうか。
人は大概、自分の興味のないことへの投資は「無駄」と考えるものだから、誰もが満足する助成金というのはきっとないだろう。オリンピックでさえあんなにモメたのだ。無駄な金を使うな、いや必要だ、と。図書館が民間に売却された自治体もある。

だが自分の詩を読み返しながら思うことがある
こんなふうに書いちゃいけないと
一日は夕焼けだけで成り立っているんじゃないから
その前で立ち尽くすだけでは生きていけないのだから
それがどんなに美しかろうとも
         谷川俊太郎 「夕焼け」

あの震災の後から今日のコロナに至るまで、きっとみんなずっと考えている。
「生きるか死ぬかの時に文学って必要なのか」とか「芸術でお腹がいっぱいになるのか」とか。
金持ちの道楽だろう、とか「スポーツで感動を与える?」とか、「他に困ってる人がいるんですよ」とか。
それはその通りでごもっともでおっしゃるとおりで、
腹を空かせて死にそうな時に美しい花束をもらってもきっと私も喜ばないだろう。


本当は、ただただずっと美しさの前でぽかんと口をあけて立ち尽くしていたい。
本当はオリンピックも芸術も研究も、どんどん税金使いなよ、って言えたらいい。
本当は、本当は。