おじいさん先生

昔、うちの母が連れてってくれる医者はどれもこれもおじいさん先生だった。
理由は「地元で長くやってるんだからいい先生に決まっている」という、有無を言わせぬ「お母さん理論」だ。


だから、以前に何かの細菌で私の足が腫れ上がった時も、すぐさまおじいさん先生の整形外科に運び込まれた。先生は腫れ上がった私の足をピシャリと叩いて言った。
「君は、もっと真剣に足と向き合いなさい。」
今、思い返してみてもまるで意味がわからない。しかし何か深いような気がする。

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山羊のおじいさん感は異常。

外耳の皮膚がガサガサに荒れてただれた時も、半分つぶれかけのような皮膚科に連れて行かれた。
受付は先生の奥様かと思われるお婆さんで、震える指で診察券を書いてくれた。おじいさん先生はもう耳も相当悪いのか、かなりの大声で言った。
「掻いてはいけない。だが人間は痒みには勝てない生き物だからね」
そして、小さなピンク色の薬のチューブを差し出した。
「これを塗りなさい。治らないけどね。


憮然として、車で待つ母の元へ戻り、先生の言葉を伝えると、母は腹を抱えて笑い「さすが、先生は真実しか口にしない!」といたく感心していた。
あのご夫婦も、もう引退したのか、駅前の皮膚科はなくなってしまった。

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語らう亀

あの後、かゆいな、と思う度にあのおじいさん先生の言葉を思い出す。
「人間は痒みには勝てない生き物だからね」
もうあの先生おそらくこの世にいないだろう。でも遺言のように思い出すのだ。

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お目々かゆかゆコアラ

先日近所の皮膚科に行った。自分が年をとったせいなのか、最近あまりおじいさん先生には遭遇しない。ちょっと年上かなくらいのものだ。
そんなおじさん先生は私の指の化膿した傷を見て「あーこれね!塗り薬じゃ治らないの!液体窒素塗るから!痛いからね!」と仰る。
息が止まる痛さにうめいたが先生はクールに言った。
「痛いね。うん。ここを過ぎれば楽になるから


なんで医者というのはそういう「人生の真理」みたいな感じの言葉をサラッというのだろうか。痛みにうめいたクリスマスイブだったが、たしかに先生の言う通り、しばらくしたら格段に楽になった。
あの先生、きっとこれから「おじいさん先生」になるだろう。


あの、いろいろ見すぎて、ちょっとぞんざいな、めんどくさそうな、それでいて「先生がそう言うんじゃしょうがねーな」みたいなおじいさん先生に。
割と嫌いじゃないけど。


2013/07/10 「おじいさん先生」改訂