そういえば

横浜→仙台へ移住したばかり。

距離感

コロナが再びまん延し始めているけど、このコロナ禍で良かったことと言えば、在宅勤務が世の中に普及し始めたことだ。
毎日会社にいかなくても、たとえ地方に住んでいても、自宅から会社という組織に参加することが可能になっている。


組織へ参加する距離感が大きく変わったし、それ以前からSNSやインターネットの発達で世の中の距離感が変わっている。
徒歩15分の距離に住む親とは年に一度しか連絡をとらないし、会いもしないのに、仙台の友人とは毎日LINEをしているし、中国在住の先生からSkypeでオンラインレッスンを受けたりする。

遠く遠くまで歩いて行く尾瀬ヶ原


会おうと思えば会える距離の友人とも実際に会うよりLINEでの連絡が多くなった。
それでも、私が「仙台に引っ越す」と言うと、友人たちが「寂しくなる」「会おうよ」と連絡をくれたりする。
それはすごく嬉しくて、すごく不思議なことだ。


仙台に行ったって、今と同じように「今日の若元春良かったね」「あの伊之助はないよね」とLINEで話すのは変わらないのだ。
横浜にいたって、別に友達と頻繁に会うわけでもないのだ。
なのに、「寂しくなる」と言われ、わざわざ時間を作って会ったりもする。電話ももらう。普段電話なんてしないのに。

竹橋あたり。


ここ最近は家の契約やらで3回ほど弾丸で仙台に行った。行きは高速バス。3000円程度で仙台まで行ける。約5時間。
帰りは新幹線。1時間半で東京に着く。
帰りの新幹線の中でいつも不思議だった。なんて早いんだ。仙台って遠いようで近いのか。


交通手段で距離感は大幅に変わる。
連絡手段でも大幅に変わる。
きっと関係性でも大きく距離感は変わるだろう。
恋人同士にとっては仙台ー東京間は月と地球くらいに離れてるんだろう。

ズーラシア。虚ろな顔の雌ライオン。


だけど、連絡をとればとるほどなんだか寂しくなるな。
猫が来た時もそうだった。猫を見に友達や家族が家にやってくる。帰った後が無性に寂しいのだ。
ずっと一人だったらなんとも思わないのに。


今も、連絡をとればとるほど、寂しくなっている。
普段、あまり連絡を取らないときだったらまるで平気なのに。


近くなると寂しくて、遠くなると寂しくないものなーんだ。
それは距離感。