選択肢
神奈川から仙台に引っ越してきて、先日初めてラグビーを見た。
久々の生観戦、楽しかった。
でも、また見に行きたいと思っても仙台にはなかなかラグビーの試合は来ない。美術館も博物館も一つしかないし、コンサートやライブや芝居だって全然来てくれなかったりする。映画でさえ。
そんなことも覚悟はしていたけれど、たまにやっぱりあーあ、と思う。
あーあ、なんて選択肢が少ないんだ、と。
銀行だって選べないのだ。お給料も家賃も七十七銀行オンリーで唖然とした。地下鉄定期券もイクスカという仙台の専用ICカードでしか購入できない。
その選択肢の少なさを嘆いたりイラついたりもする。帰りたくなったりもする。
だがしかし。
逆に仙台のほうが選択肢が多いものもあるのだ。
それは米と野菜。
かつて教科書で学んだ宮城県の米、ササニシキを関東のスーパーで見かけることはなかったが、こちらではもちろん売られている。
それどころか、だて正夢だの、ささ結だの、金のいぶきだのと地下アイドルの如く、謎の米たちが存在している。
そして野菜も、菜の花一つとっても様々な菜の花がある。
きのこ類の種類も、梨やいちごの種類もあれこれあった。そしてミニトマトだ。
近所に農業園芸センターという施設があって、そこのビニールハウスで9月から翌年6月までミニトマト狩りができる。
今日はそこで今季3度目のミニトマト狩りをしてきた。
最初のときにも驚いたが、ひとくちに「ミニトマト」と言っても、まあ、いろんな種類があるものだ。
それを一つずつ食べ比べしながらトマト狩りをすることができる。
初めての狩りのときには「ほれまる」という品種に夢中だった。
甘くて味が濃い。特に実がはじけているものはまるで果物みたいだった。
ところが2度目に行ったときには「ほれまる」にそこまで魅力を感じなかった。なんだか甘さが足りなかったのだ。
種類によっても味は変わるが、生育のサイクルによっても味が変わるんだな、生き物って感じだな、と驚いた。
2度めのときに夢中だったのは、オレンジ千果。
スーパーで買う時はオレンジや黄色のミニトマトはなんとなく避けていたけれど、こんなに美味しいのか、と感銘を受けた。
そして3度目の今日は、春になって気温が上がっているせいかどの品種もすごく甘くなっていた。生きてる。
中でも良かったのは、イエローミミ、千果、そしてなによりフラガールだ。
フラガールはキャッチコピーが素晴らしい。
「一口食べれば動きだし、二口目には、ステップを踏んで踊りだす情熱的なおいしさ」
生産者の愛を感じる。
しかし、冬の間は「いや、踊るほどではないかな」と思っていた。
春になったらまさに「こいつはヤバイ!」と踊りだしそうだった。別品種を狩猟中の友人を「大変だ!フラガールが美味い!」と大声で呼び寄せたほどだ。
6月でシーズンが終わるので、まだあと1度は行かなければいけない。次回はどんなミニトマトが美味しくなってるだろう。
デニーズもジョナサンもなく、高島屋も東急もない、私鉄もない、選択肢の少ないこの街で、私は別の選択肢を手に入れている。
そして、どんどん米やトマトの品種に詳しくなっていくのだ。
1年前なら信じられないことよ。
思えば遠くへ来たもんだ。
どこへ行こうと
ムスカ大佐のほがらかな笑い、恐ろしい。
それはともかく、横浜から仙台に移り住んで、友人はいろいろなところへ連れていってくれるし、自分でもあちこちへ出かける。
そういう生活の中、密かに思っていたことは「どこに行ってもこんにゃくだな」ということだ。
蔵王に行っても、山寺に行っても、定義山も秋保も道の駅も、祭りを見かけても、温泉に行っても、おされキャンプ場でも大きな神社でも、どこでもここでも売られているのは玉こんにゃくだの味噌田楽だのと、味噌の塗られた大きなおにぎりだ。
たとえ可愛いキッチンカーが停まっていたとしても、コーヒーとサンドイッチだの、ホットドッグだのと思ってはいけない。
コーヒーと玉こんにゃくだ。
そうだよな、どっちもお湯があればいいもんな…。
そして、下手したらこんにゃくは手作りだ。恐ろしい。こんにゃく作るとか…すごすぎて怖い。
「こっち来たら、ホントどこ行ってもこんにゃくありますねー」と会社の同僚に言ったら、同僚は驚いていた。
「え!!!東京ではこんにゃく売ってないんですか?」
…うん、売ってないよ?
こんなにどこでもここでも玉こんにゃくとみそ田楽が売られているなんてこと、ないよ?
そう答えると、同僚は「えええ…そうなんだー、こんにゃく、売ってないんだー」と納得いかない様子だった。
世の中には餃子消費量やうどん消費量を都道府県で競うことがあるが、こんにゃく消費量は山形が日本一らしい。
そうでしょうね。そんな山形のお隣だもの。そりゃ宮城もこんにゃくだらけになるんだろうな。
売られているのは普通の板こんにゃくだけじゃない。しらたきタイプのもの、うどんタイプのもの、きしめんタイプのもの、ちぎりこんにゃく、薄いこんにゃくをちぎったもの、田楽用、玉こんにゃく…とバリエーションも豊富だ。
そんなわけで、仙台に来てから、私も必然とこんにゃく消費量が増えている。
そしてもうひとつ、消費量が増えたもの、それは練り物。
なんてったって、笹かまの聖地ですものね。
どこに行ったってこんにゃくがあるし、至るところに笹かま店がある。
バスツアーの行程の最後は笹かま店での笹かま手焼き体験だったし、友人の家の年末の買い出しを手伝ったときだって、最後に立ち寄ったのは笹かま店だった。
笹かま手焼き体験の店で、なんとなーく、つられて笹かまと揚げかまぼこを買って、揚げかまぼこを大根と炊いたら、まあびっくり!なんという出汁だ。
すごいな、この揚げかまぼこ!!
と、感動して友人に言ったら「高政のかまぼこ、美味いでしょ、有名なんだよ」とのこと。そんな友人の実家はいつも松崎のかまぼこらしい。
みんなそれぞれ、贔屓のかまぼこ店があるのか…と衝撃を受ける。
そして女川町のかまぼこ屋、高政は仙台のデパートの地下にも入っているが、仙台では買えないかまぼこもあるのだ。
それは馬上かまぼこ。
仙台には店舗がなく、名取や県南へ行かないと購入できない。
この店のキャッチコピーがすごいのだ。
「味が跳ねてる」
車で近くを通るたびに私が「味が跳ねてる」と音読するので、ついに友人が「行ってみる?」と車を停めてくれた。
そしてやっぱり笹かまと揚げかまを買った。美味しかった。跳ねてるかどうかはわからないけど。
おさかな天国だけあって、やはり練り物天国でもあるんだな、ここは。
これは2016年8月の仙台港。
まだ横浜に住んでいた私が、仙台の友達のところに遊びにきて、うみの杜水族館に連れて行ってもらったあとで寄ったのだ。
震災後、初めて訪れた仙台で、「仙台港もここまで津波が来たらしいよ」なんていう友人の説明を聞きながら立ち寄ったベーカリーカフェに目を疑うものがあった。
一見普通の惣菜パンだが、そこには書かれていた。
「ちくわパン」と。
ちくわ!!!
驚く私に友人は「え?食べたことない?あれ?そういえば東京にはなかったっけ。美味しいよ」と笑って言った。
東京にはなかったっけ…????
ええ、ええ、ええ、ええ、ありませんよ。
あまりの衝撃にその時は手にすることがなかった。
あれから時は流れ、そして仙台に住むことになったが、ちくわパンの存在はすっかり忘れていた。
友人がケーキとともに、うちにちくわパンをそっと置いて立ち去るまでは。
ああああ!ついにヤツが我が家に!お前がちくわパンか!
友人からは「あのときのまめちゃんの驚きが忘れられなかったので、パン屋に行ったついでに買ってみた」というLINEが来た。
…ありがとう、ありがとう。そうか、パン屋にちくわパンがあるのはデフォなのか…。練り物王国恐るべし。
いやしかしこのちくわパンがまた激ウマで驚く。
ウインナロールのかわりにちくわが入っていて、ちくわの空洞にはツナマヨが詰められており、さらに上にチーズとマヨネーズがかかっており、ものすごく美味しい。仙台は麻婆麺よりもちくわパンをご当地グルメとして推せばいいのに…!と思ったが、ちくわパンは北海道でもわりとメジャーらしい。
北の人間のみが知る楽しみだったのだな、ちくわパン。
また、仙台駅構内にもちくわパンの有名店があるらしい。
今日も私は友人にパン屋に連れて行ってもらい、ちくわパンを手に入れてきた。明日の朝食べるんだ、ムフ。
月末には親が仙台に来るらしい。きっとあの人もちくわパンに驚くだろう。「ちくわ!!!」と。
なにせどこに行こうとこんにゃくと練り物のある街だ。
もちろん米と野菜もあるけど。
…ホントに食材王国なんだな、ここは。
季節に追われて
先月のブログで散々「花がない、街に色がない」、と書いたが、そんな東北にも春がやってきた。
春は一気にやってくる。
梅と桜と菜の花とシャクナゲが同時期に咲く。なんてことだ。
暖かくなってもいつまでも開花しない奥手のくせに一つ咲いたら「私も!」「私も!」とツツジまで咲くのだ。
しかも今年は暖かいので例年より開花が早いと言う。
そんなわけで、「今のうちに!」と急かされるような気持ちで福島の花見山に行ってきた。仙台から福島は高速バスで1時間。往復2200円だ。新幹線もあるにはあるけど、こんな値段じゃ高速バス一択だ。
福島で市内バスに乗り継いで、着いた花見山は極楽浄土そのものだった。
そうそう、こういうのだよ!私が見たかった春の景色はこういうのなんだよ!、と大興奮しながら歩いた。
なんでもこの花見山あたりは私有地で所有者のおじいさんが近隣と協力しながら一生懸命手入れをしてここまでの風景を作り上げたのだそうだ。そして今は息子さんやお孫さんが後を継いでいるらしい。すごい。
「花見山に行ってきた」と言うと、周囲の誰も彼もが花見山を知っていて「ああ、あそこは私有地でー」と話し始めるのもすごい。
桜の時期は「今しか見れない桜を見なければ!」と気忙しいもので、福島に行った翌日は友人に誘われて船岡城址公園というところに行ってきた。
山頂に観音様の立つ公園で、川沿いにずらーーーっと連なる「一目千本桜」という桜並木を見下ろすことができる。
広場には屋台もたくさん出てにぎわっていた。
淡い色の桜は菜の花やレンギョウと言った黄色い花とのコントラストがとても美しいものだな。
花見会場から帰る道すがら、ほうれん草が50円で売られていたのも素晴らしかった。立派で美味しいほうれん草だった。
さて、桜が散った瞬間に今度は春の味覚狩りが始まる。
先週はいちご狩りに行ってきた。そしてたらふくいちごを食べた後で、2kgのいちごを購入し、夜な夜なジャムを煮た。
そのジャムをおすそ分けしたところ、それは「庭でとれた蕗」になって返ってくる。
今日はたけのこを買いに県南へ行ってきた。今年は裏年でたけのこが不作らしい。そのため朝早くからの出発だ。
そして手に入れてきたのがこちら。
もらった蕗、たけのこ、あくぬき蕨、セリ、ほうれん草、椎茸。
お店のおじさん曰く、あく抜き蕨は茹でたセリと一緒に麺つゆで食べるのが美味しいとのことだった。
早く帰って筍を茹でなければ!そして蕗の下処理をしなければ!
そんな風にソワソワとしながらも、花も今しか見れないので、帰り道に菜の花畑へ寄った。
なんか北海道ぽい!とか言いながら菜の花を見て帰ってきて、蕗の下処理も終わったし、筍も茹でた。
さあ、来週からはゴールデンウィークだ。
実は筍掘りにも誘われている。ミニトマト狩りにも行く予定だし、蓮の見頃もやってくる。
ああ、忙しい。見るものを見て、食べるものを食べる。
旬のものを買い、下処理に追われる。
ついこの前まで、色のない、真冬の世界にいたのにな。
つい去年までは、ここまで「旬」を意識しない関東で生きていたのにな。
花のない春
震災から12年の日を仙台で迎えた。
当日、その時間にはサイレンが鳴るのかな、と思いきや、サイレンがトラウマになってしまっている人もいるとかで、サイレンは鳴らず、静かなものだった。
震災の復興ソング「花は咲く」があれから何年も歌い続けられているけれど、そして3月になったらさすがの仙台もだいぶ暖かくなっているのだけれど、驚いたことに、この街には花がない。
関東にいた頃には2月くらいになるともうあちこちの庭先で蠟梅、緋寒桜、河津桜、梅や椿が咲き始め、そこからレンギョウや沈丁花、木蓮、桜、と、どんどんと花が咲き、景色に色が付いて春になっていく。
でもこの街ではずっと景色が寒々しいままだ。
おかしい、おかしい、と私はずっと焦れていた。
東北は気候が寒いから花が咲かないのか、でももうこんなに暖かいのに花が咲かないなんてことあるか。
そうしてやっと気づくのだ。
この街の人は、花を植えないのだな、と。
杜の都なので、木はたくさんある。だが花がない。梅すら近所で見かけなかった。
これはあれだな、ここの人たちは「食えるものを育てることで手一杯なので、食えない花は植えない」ってことだな。
私は密かにそう結論付けた。
近所には新築の家がたくさんある。
神奈川では、新築の家に越してきた人はこぞってガーデニングをしてお庭を綺麗に飾り立てていたものだったが、こちらの人はガーデニングはしない。
やはり冬の寒さが厳しいせいだろうか。もしくは食えるものを育てているせいだろう。
そんなわけで、気温は温かいのにいつまでも驚くほど花がなく、色がなく、寒々しい春だ。
しかたないので、花を見に園芸センターに出かけた。
園芸センターはさすがに梅が咲き椿が咲き菜の花が咲き、そして菜の花が売られていた。
この、菜の花に本日の私は大変な衝撃を受けた。
この時期、関東でだって菜の花は売られていた。
大体、スーパーで買う菜の花はこんな感じの見た目で、見た瞬間に「辛子和えにしようかな」と考える感じだった。
けれど、私は今日初めて知ったのだ。
「菜の花は、菜の花という野菜ではなくて、いろんな野菜の花である」ということを。
園芸センターで見た、これは白菜の菜の花。
園芸センターで買った、これは小松菜の菜の花。
八百屋さんで見かけた、これはアスパラの菜の花。
そして家の近所の畑には大根の菜の花が咲いていた。
調べて見たところ、「菜の花」とはアブラナ科の野菜の花の総称らしい。ブロッコリーや青梗菜も菜の花なんだそうだ。
そうだったのか…。
それにしても、食える花はこんなにもたくさんの種類をあちこちで見かけるというのに、なぜ沈丁花の一つも見つけることができないのだろうか。
生産地というのはそういうものなのだろうか。
そして都会の人間は食える花を消費するだけで、夢見がちに食えない花を育てているだけなんだろうか。
花がない、花がない、春なのに花がない!
毎日そう嘆きながらも、菜の花の種類には圧倒されている。
東北の方がずっと自然が豊かなはずなのに、花がないから自然豊かに見えない。
ああ、私はまだ夢見がちなんだろう。花で色づく春が恋しい。
そんなことを思いながら、小松菜の菜の花を煮浸しにした。
伊達や酔狂
仙台に来てからずっと、仙台への驚きしかブログに書いていないが、半年過ぎた今なお、驚きは尽きない。
関東から東北へ移り住むくらいでこんなにも驚きの連続であったなら、海外に住んだら驚きすぎて息が止まるのではないかと思うほどだ。つくづく上京組や華僑や在日外国人の逞しさを痛感する。
12月に友達のくまちゃんと光のページェントを見に行った。待ち合わせは仙台駅だ。
「着いたよー、どこに行けばいい?」とLINEすると「ステンドグラス前に来てください」と返事が来た。
ステンドグラス…あーそういえば、新幹線口から見下ろした景色の中にそんなのがあったような気が…と思いながらたどり着くと、そこは渋谷ハチ公前の如く人々で溢れかえっていた。
なるほど、仙台での待ち合わせスポットはここなんだねー、としみじみしていると、くまちゃんは言う。
「昔はここに伊達政宗像があったんですよ。だから待ち合わせは『ダテマエ』って言ってたんですけど、政宗さん、岩出山に帰っちゃったから…」
…ダテマエ…。伊達前か。
そしてこっちに来てからよく聞く「岩出山」という単語。何度聞いても「イワデヤマ…どこの山?…」と途方に暮れるが、宮城県の北の方にある町の名で、なんでも米沢生まれの政宗公が小田原征伐後から関ケ原の戦い後まで住んでいた重要拠点なんだそうだ。関ケ原の戦い後に仙台にやってきたらしい。
もう、この町にいたら、何かにつけて「政宗公」だ。町なかの寺社仏閣や歴史的建物など、どこにもここにも「伊達政宗」の名がある。
かに道楽的なかにレストランだって「かに政宗」だ。
コロナ対策も、仙台市が提唱する合言葉は「だてまさむね」
こんな動画が区役所で延々放送されていて大変驚いた。
更には本屋さんや雑貨屋さんに政宗公騎馬像グッズが売られていることにも驚いた。
\男女問わず大人気!騎馬像 #トートバッグ /
— 仙台藩『伊達政宗』騎馬像 (@Eastpond_sendai) 2023年1月12日
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そしてその伊達政宗公騎馬像が昨年3月の福島沖地震で損傷したので修復するらしい。
それはいいけど、その修復にあたって、仙台市のお知らせもやたら詳らかだ。
どこが壊れているだの、運搬日程だの、こんなにも細かく発表するのだな、と驚く。それだけたくさんの人々がこの像に興味関心を持っているのだろう。
産経新聞の地方ニュースも写真満載で詳しくお伝えしているくらいだものな。
ああ、ここはいまだに伊達藩なんだなあ、と私はしみじみした。
市長や県知事がこの地を治めているのではないのだ。令和の今なお、伊達政宗公の支配下にあるのだ。永久名誉県知事くらいのレベルだ。
あまりにも「政宗」「政宗」なので、友人鮭太郎に「ねえ、政宗公以前の仙台ってどうだったの?」と聞いてみたところ、一言「なにもないんじゃない?」とのことだった。
政宗公以前に何もなし。では政宗公以後はどうなのだ、と仙台藩の歴史をざっと調べた。
2代目藩主忠宗公も大変頑張ったようなのに、まるで評価されていない。その後は早死にだの養子だのお家騒動がいろいろあったり大変だったみたいだ。そんなわけで、政宗公以後も知名度は政宗公ばかりの模様。
*
さて。
この10年くらい、お菓子や土産物等、飲食関連のあちこちで見かけるフレーズはこれだ。
「マツコさんも大絶賛」「マツコの知らない世界で紹介された」「マツコおすすめの」
なんであの人が美食家代表みたいになっているのかわからないが、ともかくマツコマツコの世の中で、この仙台藩はマツコじゃないのだ。
「伊達ちゃん」だ。
どこに行っても、サンドウィッチマンのサインがあり、伊達ちゃんのサインがあり、「伊達ちゃんおすすめの」「伊達ちゃん大絶賛」「サンドウィッチマン伊達さんも大好きな」と書かれている。
周囲の仙台市民たちも口々に言う。
「あそこのマドレーヌ、伊達ちゃんが超お気に入りらしくて、ホントに美味しいんだよー!」「伊達ちゃんも仙台帰ってきたら絶対ここに来るらしいよー」「こないだ伊達ちゃんがテレビでこのお菓子紹介してたよー」
昨日も友人鮭太郎が「これ、伊達ちゃんも大好きらしいよ!食べてみて!」と言って、お土産をうちに持ってきてくれた。
仙台牛ロールステーキ。大変美味しゅうございました。
…さすが伊達ちゃんのオススメ…。
多分、この仙台藩において、政宗公の次に知名度と影響力が高いのはサンドウィッチマンの伊達ちゃんだろう。
とにもかくにもこの街は伊達の支配下だ。
それは決して伊達や酔狂ではなく。
非日常の彼方
昨日は関東も大雪だったようで、Twitterなどで「雪国マウント」という言葉がトレンドにあがっていた。
雪が降ると関東が「雪だ!大変だ!」と大騒ぎすることに雪国の人々から冷ややかな眼差しが投げかけられることは今までもあった。
でもまあしょうがないじゃない。
だって、関東の人間にとって大雪は、少しワクワクする非日常なんだもの。
仙台に来て、雪の積もる頻度や積雪量は関東にいた頃とほとんど変わらない。
だが、雪の質と、人々の雪慣れがまるでちがう。そんなに降るわけじゃないのに何故この人達はこんなにも雪に慣れているのだろう。
昨日の雪だって、関東にいたら、もう昼過ぎから「どうする?え?ヤバくない?電車止まるかもしれないから帰れる人は帰って!」と会社の中がザワザワし始めるレベルだった。
でも仙台の人は雪など気にも留めずに仕事をしていた。私はまだ関東の心持ちで、何度かザワっとしそうになったけれど、周りの落ち着きぶりを見て「ああ、ここは東北なのだ、雪ごときではしゃいではいけない」と気を引き締めた。
雪にも関わらず、近所のスーパー銭湯にもたくさんの車が出入りしていたし、ヨガレッスンも普通に開催された。関東だったら中止だっただろう。
そして、今日。
今日は秋保の日帰り温泉に行こう、と以前から友人と約束をしていたのだけれど、雪が積もっているしムリかな、と思っていた。
が、友人は「平気平気。除雪車も出てるだろうし」と言う。そうなのか。こんな積雪の中、車で出かけることも日常なのか。
道路はきちんと除雪されてきれいになっていて無事に到着し、温泉街のホテルをチェックアウトした人々は、長いブラシで当たり前のように車に積もった雪を落として出ていった。あんなブラシもみんな持っているものなのか。雪くらい日常よ、というその逞しさ、すごい。
だが、今日行った日帰り温泉のホテルは完全に非日常であった。
どんな非日常かと言うと、「バブル期のツアーでよく使われた温泉街の巨大ホテル」という、絶滅危惧種の非日常だ。
こちらはロビー。
色とりどりのふかふかカーペット。
今でもこんなカーペットを作ってくれる会社はあるんだろうか。
カフェラウンジからの景色。蒔絵、シャンデリア。そして右手には夜になると光るタイプのエレベーター。
否が応でも失われたこの30年のことを考える。
ああ、あの頃ならばここにはひっきりなしに観光バスがやってきて、ホテルの玄関口で、3段の撮影台に載せられて、まずは記念撮影をしたのだろう。
そして風呂に入り、大広間で食事をして土産物屋をひやかしたのだろう。
新幹線で仙台駅に着いたら、バスで青葉城を見てから秋保に来て、温泉宿に泊まって翌日は秋保大滝見てからの山寺だろう、とコースまで想像できる。
こんなバブリーな建物がまだ残っていたのか。こんなにもいい状態で。
これはもう遺産と呼べるのではないか、と興奮しながら風呂を出たり入ったりした。
「バブル建築 ホテル」と調べると白浜温泉のホテル川久が真っ先に出てくる。
しかし私が思うバブル建築というのは、こんなコンセプトがあるオシャレな建物のことじゃない。
無駄にデカくて、あちこち光って、成金趣味の豪華さで、無理矢理感のある和洋折衷。
金色とライトアップが大好きで鯉と滝を多用する、豪華だけどちょっとチープなあれだ。
バー「篝火」そしてカラオケルーム「微行(しのび)」
このネーミングセンスも漢字の読ませ方も昭和ぽくてトキめく。
鬼怒川には確かまだこういうホテルがあったよな、と調べたらリニューアルして、ただの羽田空港みたいになっていた。
バブルも崩壊し、コロナ禍もあり、今やあちこちで廃墟になったり取り壊されたりしているのに、鬼怒川みたいにリニューアルされたりだってしてしまうのに、よくぞ残してくれた、と私はしみじみ感動した。
そして、他にまだこういう遺産は残っていないのか!こういうホテルに行きたいんだ!と心から思った。
それはまるで「バロック建築を堪能するためにイタリアに行きたいんだ!」と思うのと同じような熱意で。
バロック建築なら文化遺産として保護もされ、今後も残るだろう。しかしバブル建築はいつ取り壊されて絶滅してもおかしくない建物だ。
なにせ最近の流行りじゃないし、維持費もかかるのだ。
でも残してほしい。そしてたまにあの頃の非日常に浸りたい。
だって今どき、こんなキンキラのノリタケのティーカップでコーヒー出してくれるところなんてなかなかないもの。
こういうの、昔のおばあちゃんの家なんかに必ずあった。
こんなベルサイユみたいな椅子を並べてるくせに、碁盤と将棋盤とオセロが脇に置いてあるティールームなんて、なかなかないもの。
こういうの見ると、懐かしさと親しみやすさと元気さに、胸がキュンとするんだもの。
素晴らしかったな、ホテル瑞鳳。ぜひあの佇まいを維持して頑張ってほしい。
忘れかけていた、あの頃の非日常をありがとう。
おとりまき
11月初め、友人鮭太郎と近所の農業園芸センターにでかけたところ、沼の近くで鮭太郎が「お?白鳥の声がするね。もう来たかな」と言い出した。
は?白鳥?この謎の音が白鳥の声?
私はてっきり、どこかで少年野球などしている子供の声が風に乗って聴こえてくるのかと思っていた。
しかしそこには紛うことなき白鳥がおり、そしておびただしい数の鴨的な鳥がいた。
なんでも白鳥は越冬のためシベリアからやってくるらしい。宮城県内に白鳥飛来地として有名な場所があるというのは聞いたことがあった。そこにだけ来るのかと思っていたら、我が家の近所にも白鳥の湖が!と、衝撃を受け、無職期間中に再度自転車で白鳥を見に行った。
遠くから恐竜のようにバサバサと飛来し、ザザーーーっと着水する白鳥。
おいおい、カッコよすぎるじゃないか、トップガンみたいじゃないか、なんなんだ、この野生の王国は。
と、一人興奮する私の頭上を小さき鳥の大群がロート製薬のCMのように駆け巡り、鴨たちが鳴き、サギが孤高に立ち尽くしていた。
そして、鳥あるところに鳥大好きな、バズーカレンズを何本も抱えた、鳥のとりまきおじいさま方もたくさんいて、とりまき初心者の私に親切にいろいろと教えてくれる。
「ほら、あれはウズラシギ。結構めずらしいんですよ。もっと近くで撮りなさい」
なるほど。たしかにウズラぽいな。
それですっかり満足したし、恐ろしく寒いので鳥を見に行くこともなかったが、今朝、鮭太郎から「おはよー、起きてたら白鳥を見に行こう」と伊豆沼に誘われた。
伊豆沼は白鳥飛来地で有名なラムサール条約湿地。蓮と伊豆沼ハムが有名。
その程度の知識だけで鮭太郎の車に乗り込んだところ、鮭太郎は言った。
「距離感おかしい感じで白鳥見れるから」
仙台から岩手との県境付近まで北上するので、かなり寒く、田んぼの用水路も凍りつき、沼も凍っていた。
そして岸辺にはでっかい星砂のような不思議なものがたくさん落ちている。なんでも蓮の実だそうだ。すごいな。化石みたいだ。
到着したとき、沼が凍っているせいで、白鳥は遠くの対岸におり、出迎えてくれたのはオナガガモというフレンドリーな鳥たちだった。
オシャレなグレーのスーツが男子。まだらの茶色いのが女子とのこと。そして口々に「なにか美味しいものもってるんすか?早くだしてくださいよ」と言いながら周囲を取り囲んでくる。
更には、ふと何かに気づいて一斉にバサバサバサと飛び立つ。
その勢いたるや。
助走もなしに一気に飛び立てる彼らの羽ばたきの羽音は押し寄せる波のようだし、羽についた水分をすべて撒き散らして細かいミストを人に浴びせかける。
渦中に呆然と立ち尽くす私の後頭部にぶつかっていく者もいる。
なんという光景だよ。恐ろしいな…。
オナガガモに翻弄されているうちに白鳥もやってくる。オオハクチョウなので、デカい。そして白鳥はわりとトボけた顔をしている生き物だ。
氷で足を滑らせたり、変な内股ステップだったり、飛べばいいのに南極観測隊のごとく氷の上をゆっくり歩いてやってきたり。
しかし、彼らはやはり白鳥だ。貴族的な鳥だ。
人々が車で訪れるたびにオナガガモたちは一斉に「ごはんですね?我々のご飯なのですね!ください!」と、素直に押し寄せるが白鳥は違う。
「我々は白鳥ですので。どうぞそちらからお越しください」とでも言わんばかりにずらっと決めポーズで並んでいる。スワンボートスタイルだ。
おお、おお、さすが白鳥様だねえ。
沼の近くにサンクチュアリセンターという施設があり、沼に来る鳥たちの情報を知ることができるので立ち寄ったところ、驚いたことに、ほぼ白鳥とマガンの紹介で、あの愛嬌のあるオナガガモについては一切触れられていなかった。
なんでも夜明けにマガンが一斉に飛び立つ光景と、夕方、マガンが沼に帰ってくる光景が大変有名だそうだ。
いや、確かに素晴らしいけれども!
しかし、夜明けに飛び立ってどこかの畑で日がな食べ物を物色しているマガンが不在の間、人々がやっと起きて沼にやってきた時に、広報部長のごとく愛想よく現れて皆を盛り上げ、飛行ショーなども見せてくれたオナガガモはなぜこうも冷遇されているのだ!
白鳥がアイドルなのはわかる。でもなぜマガンがそこまで!
友人鮭太郎は「まあ、マガン、今しか見れないからじゃない」と言う。たしかにマガンが畑で食事をしている光景さえ、バズーカレンズを抱えたとりまきカメラマンたちがたくさん写真を撮っていた。
だが、調べたところ、オナガガモだって越冬のためにシベリアなどからやってきている。おかしい、この待遇の差はなんだ!
と、更に調べるとマガンは天然記念物だそうだ。一時絶滅が危ぶまれ、天然記念物に指定され猟は禁止されたらしい。
そんなマガンと違って、オナガガモはwikipediaでの扱いもひどい。
確かにwikiの言う通り、白鳥の周りにとりまきの如く群がって、白鳥の餌付けに殺到している。味は水っぽいのかもしれない。マガンのように夜明けに劇的に飛び立ったりもしない。でも私はもうすっかりオナガガモが気の毒でオナガガモに肩入れしてしまう。
白鳥だってマガンだってね、おとりまきがいるから輝いてるって部分もあるじゃない?
ジャニーズだって、ジャニーズJr.の賑やかしがあって、デビュー組が輝いてるわけじゃないですか。
そんなことに真剣に憤ったりしているのだ。この野生の王国で。
オナガガモという単語も初めて知ったくせして。