ニュース諸々 12/10

ほら貝続報

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杉本氏の事務所は取材に「衆院選の出陣式で景気づけに吹こうと買った。練習でいい音が出ず、結局使わなかった」と説明している。
これについて橋下氏は「とんでもない勘違いですね。維新の国会議員は自分の力で受かった人は、ほとんどいないんです。(代表で大阪市長の)松井さん、(副代表で大阪府知事)吉村さんの知名度や実績で受かった人がほとんど」と断じた。

いい音が出ないにせよ、音は出たのか。すごいな。私は音を出すことさえできなかった。
橋下さんもほら貝4万よりもっと問題にすべきことはたくさんあるだろうに…。

月刊「ムー」サントリー特茶の謎に迫る

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当初、サントリーからの申し出に「ムー」編集部は困惑気味だったといいます。しかし、ケルセチンゴールドの化学式(構造式)がエジプトのピラミッドの並びに似ている、ということを発見したことから一気に話が進み、コラボが実現したとのこと。

神秘のパワーをもつケルセチンゴールド型ペンダント、とかのノベルティついてきたら伊右衛門買うわ。
3年くらい前、ムーの付録のふせんを会社で使っている女子がいて、「あの…これって…」と声をかけたら顔がパッと輝いて「気づいてもらったの初めてです!」って言われたな。もう辞めちゃったあの子、まだムー読んでるかな。

木村玉治郎の3度の「待った」に行司の「陶冶」を思う

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  • 「審判規則」の行司規定第8条では「立ち合いに際しては、両力士を公平に立たせるのが原則であるから、卑怯な立ち合いをした時には、行司は『待った』をさせて、再度仕切らせることができる」
  • 行司が信念のもとに公正な態度を取り得るかどうかによって、その権威は守られる。
  • 十両以上の行司には、素質や能力を理想的な姿にまで高めることを求める「自己の人格の陶冶(とうや)」が明文化されている。

陶冶の意味がわからなくて調べた。
 陶冶(とうや)

もとは漢語で陶器や鋳物をつくりあげるという意味である。転じて、人間のもって生まれた素質や能力を理想的な姿にまで形成することをいう。教育と厳密には区別しにくい概念であるが、やはり違いはある。教育が人間の成長に関する包括的な概念であるのに対して、陶冶は、知的・道徳的・美的・技術的諸能力を発展させることによって、よりよい人間を形成しようとすることである。

なるほど。
それにしても、手付き不十分は「卑怯な立合い」なのだな。決闘みたいだ。
記事の中に大昔の行司たちのエピソードが出ていたけど、講談や浪曲の中に相撲の話がかなり多くて、「あ、相撲って江戸時代の人がタイムスリップしてきても一緒に楽しめるものなんだな」ってちょっとびっくりした。
歌舞伎とかもそうだろうけど。